
大切な家族が亡くなったときに発生するのが「相続」です。
相続とは、亡くなった方(被相続人)の財産を、配偶者や子どもなどの家族が引き継ぐことです。
これには、現金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含まれます。
法定相続人は原則として親族に限られますが、被相続人の意思(遺言)に基づき、第三者が財産等の分与を受ける「遺贈」も認められています。
法的には、相続人による「相続」と、受遺者による「遺贈」は明確に区別されます。
つまり、被相続人の財産(現金や不動産など)や債務(借金など)を引き継ぐ行為が相続です。
相続が起きた際、多くの人がまず気にするのが「相続税はどうすればよいのか」という点です。
相続税とは、亡くなった方の財産を受け継いだ場合に課される税金のことです。そのため、相続を受ける立場になった人は「相続税を支払う義務がある」と考えるのが自然です。
ただし、すべての相続人に相続税の支払い義務が生じるわけではありません。
相続税は、一定の金額(基礎控除額)を超える財産を相続した場合にのみ課税される仕組みです。
この記事では、「相続税の申告義務」に関する基本的な知識と、申告が必要かどうかを確認する方法についてわかりやすく解説いたします。
目次
相続税の申告義務とは?
亡くなった方の遺産を受け継ぐ人を「相続人」といいます。
相続人には、相続税の申告が必要な場合と、不要な場合があります。
相続税は、一定の金額(基礎控除額)を超える財産を引き継いだ場合に課せられる税金であり、その条件を満たす相続人には申告と納付の義務が発生します。
ここで注意すべきなのは、申告の要否を自分で判断しなければならないという点です。
基本的に税務署から『申告義務があります』と通知が来るわけではありません(「基本的に」と付けるのは、税務調査によって後から指摘される場合があるためです)。
相続税は給与のように自動で差し引かれるものではなく、納税通知が届く仕組みではない点も重要です。
したがって、相続が発生した際にまず行うべきことは、自分に相続税の申告義務があるかどうかを確認することです。
「相続税のお尋ね」とは?
相続税は自己申告制の税金です。
そのため、「申告しなくても気づかれないのではないか?」と思う人もいるかもしれません。
しかし、相続税を放置することは通用しません。
その理由は、税務署は、金融機関からの支払調書や登記情報、過去の所得税申告書などをもとに、被相続人の財産状況を一定程度把握しています。
特に、「この方は相続税が発生するほどの財産を残した可能性がある」と判断された場合、税務署は相続人に対して「相続についてのお尋ね」という書類を送付します。
これは、税務署が被相続人の資産状況から相続税の可能性が高いと判断した場合に送られます。到着時期は相続発生後数か月〜半年程度などケースにより異なります。
「相続についてのお尋ね」が送られる目的は、遺産の内容を確認し、相続税の申告が必要であれば速やかに行ってほしいという注意喚起にあります。
つまり税務署は、「相続税の申告義務がある可能性が高い」と判断しているということです。
もし「相続についてのお尋ね」が届いた時点で、すでに相続税の申告準備を進めている場合は、心配ありません。
そのまま申告期限に向けて手続きを続けましょう。
一方で、相続税がかからないと判断できている場合でも、税務署から書類が届いたら回答しておくことをおすすめします。 その理由は、後から新しい財産が見つかった際に「当時は把握していなかった」という正当な説明ができるためです。
最も避けなければならないのは、虚偽の回答をすることです。記載ミスなどの単純な間違いであれば、ペナルティを受けることはありません。しかし、意図的な虚偽申告と判断された場合には、重加算税などの厳しい罰則が科される可能性があります。
相続税の基本の考え方
「なぜ相続税という仕組みが存在するのか」と疑問に思う人は多いでしょう。
被相続人が努力して築いた財産に税金がかかることに、違和感を覚えるのは自然なことです。
しかし、相続税の根本的な目的は「資産格差を防ぐこと」にあります。
つまり、富の再配分を実現するための制度といえます。もし相続税の仕組みが存在しなければ、富を持つ家庭に財産が集中し、世代を超えて格差が拡大していく恐れがあります。
そのような社会の不均衡を是正する役割を担っているのが、相続税という制度です。
この目的から、相続税はすべての相続人に課されるわけではなく、一定の金額(基礎控除額)を超える財産を受け継いだ人のみに課税されます。
実際に相続税の課税対象となるのは、全体の約9.9%程度にとどまっています(国税庁「相続税の申告状況」令和5年分より)。
さらに、相続税にはもう一つの考え方として、被相続人が本来支払うはずだった所得税を、相続人が相続税という形で納めるという「所得還元」の要素も含まれています。
つまり、相続税は社会の公平性を維持するために設けられた、重要な仕組みといえるのです。
相続税の申告義務がある人
では、相続税の申告義務があるとされる「一定の金額以上」とは、具体的にどの程度の金額を指すのでしょうか。
相続税には「基礎控除」と呼ばれる非課税の範囲が設けられています。
相続したすべての財産の相続税評価額を合計し、その金額が基礎控除額を超えた場合に、相続税の申告義務が生じる仕組みです。
基礎控除額の計算式は次のとおりです。
【 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 = 基礎控除額 】
ここでいう法定相続人とは、「民法」で定められている相続人のことを指し、主に被相続人の配偶者や子どもが該当します。
たとえば、相続人が「配偶者1人」と「子ども2人」の場合、法定相続人の数は3人となり、基礎控除額は以下のように計算されます。
【 3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円 】
したがって、遺産の相続税評価額の合計が4,800万円を超える場合には、相続税の申告義務が発生します。
この基礎控除額を超えるかどうかが、申告が必要かを判断する最初の基準となります。
申告不要な場合
ここまでの内容からもわかるように、相続税の申告義務がない人とは、遺された財産の評価額の合計が「基礎控除額」を下回る場合に該当します。
つまり、相続した財産の総額が基礎控除の範囲内であれば、相続税を申告する必要はありません。
ただし、財産の評価額が基礎控除額を超えた場合でも、申告が不要になるケースも存在します。具体的には、相続人が次のような条件に該当する場合です。
・相続人が障害者で、「障害者控除」が適用される場合
・相続人が未成年者で、「未成年者控除」が適用される場合
未成年者控除や障害者控除のように税額から差し引く控除を適用して相続税が0円となる場合、当該相続人については申告が不要となるケースがあります
一方で、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減は適用要件に申告が必要なため、これらを利用する場合は申告義務が生じます。控除の選択・適用方法で申告要否が変わるため注意してください。
ただし、これらの控除によって申告が不要となるのは、相続人全員が該当する場合に限られる点に注意が必要です。
一部の相続人だけが該当している場合は、相続税の申告が必要となる可能性があります。
基礎控除額以下の場合
遺産の評価額の合計が基礎控除額よりも少ない場合には、相続税の申告義務はありません。
基礎控除額は法定相続人の人数によって増加します。そのため、相続人が多いほど非課税となる範囲も広がります。
次の表は、法定相続人の人数ごとの基礎控除額の目安です。
| 法定相続人の数 | 1人 | 2人 | 3人 | 4人 | 5人 |
| 基礎控除額 | 3,600万円 | 4,200万円 | 4,800万円 | 5,400万円 | 6,000万円 |
このように、法定相続人が1人増えるごとに600万円ずつ基礎控除額が加算されます。
したがって、遺産総額が上記の金額以下であれば、相続税の申告も納税も不要です。
相続税の申告で間違えやすい三つのケース
相続税には「特例」や「非課税枠」などの制度がいくつも用意されています。
これらを活用することで相続税の納付が不要になるケースもありますが、実は「申告は必要」となるケースも多く、注意が必要です。
ここでは、特に間違いやすい代表的な3つのケースを解説します。
・「小規模宅地等の特例」が適用されたケース
・「配偶者の税額の軽減」が適用されたケース
・「みなし相続財産」があるケース
「小規模宅地等の特例」が適用されたケース
「小規模宅地等の特例」とは、被相続人が自宅用や事業用として使っていた土地の評価額が、最大で80%減額される特例です。
例として、評価額4,000万円の土地を相続した場合、そのままでは基礎控除額を超えます。しかし小規模宅地等の特例を使えば、要件を満たすことで評価額を800万円(4,000万円 × 20%)まで減額できます(要件を満たした場合)。
結果として、相続税評価額の合計が基礎控除額を下回れば課税なしになります。
ただし、この特例を使うには相続税の申告が必須です。
「配偶者の税額の軽減」が適用されたケース
「配偶者の税額の軽減」は、被相続人の配偶者が相続した財産に適用される特例です。
相続した財産のうち、1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い額までは、相続税がかかりません。
たとえば、配偶者1人が相続人の場合、基礎控除額は
【3,000万円+600万円×1人=3,600万円】です。
相続財産が5,000万円あると基礎控除を超えますが、
配偶者の税額の軽減により、5,000万円<1億6,000万円のため、相続税は0円となります。
ただし、この特例も申告が必要条件なので、申告義務が生じます。
「みなし相続財産」があるケース
「みなし相続財産」とは、被相続人の死亡によって受け取る財産のことです。
代表的なものは次の2つです。
・死亡保険金
・死亡退職金
これらには非課税枠があり、計算式は以下の通りです。
【500万円 × 法定相続人の数】
たとえば、相続人が配偶者1人で、
現金2,000万円と死亡保険金2,000万円(計4,000万円)を相続した場合。
基礎控除額は【3,000万円+600万円×1人=3,600万円】なので、
課税対象は【4,000万円−3,600万円=400万円】となります。
しかし、死亡保険金には【500万円×1人=500万円】の非課税枠があるため、
死亡保険金の評価額は1,500万円となります。
結果として、総評価額は3,500万円(現金2,000万円+保険金1,500万円)となり、
基礎控除額3,600万円を下回るため、相続税の納付も申告も不要です。
これらの「みなし相続財産」には非課税限度額(500万円×法定相続人の数)が設けられています。この限度額を超える部分は、他の財産と合算して相続税の課税対象となります。
相続税の申告期限は相続発生から10か月以内
相続税の申告と納付には明確な期限が定められています。
それは「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内」です。ただし期限当日が土日祝日に当たる場合は、その翌日となります。
この期限までに申告・納付を済ませない場合は、
「附帯税(期限までに申告・納付を行わなかったことに対するペナルティ)」が課されるだけでなく、
「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額の軽減」などの有利な特例が使えなくなる可能性もあります。
相続税の申告義務があることが分かった時点で、
できるだけ早く申告準備を始め、期限内に完了させることが重要です。
おわりに:相続税の申告義務の判断はシンプルな計算でできる
相続をする人にとって、まず気になるのが「相続税を払う必要があるのか」という点です。
しかし、実際に相続税の課税対象となる人は全体の10%にも満たないといわれています。
相続税が課されるかどうかは、
相続した財産の総額と「相続税の基礎控除額」を比較するだけで判断できます。
つまり、基本的な計算だけでおおよその判定が可能です。
ただし、申告義務があるのに手続きを怠ると、附帯税が発生します。
少しでも不安がある場合は、早めに税理士に相談することをおすすめします。
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